フィデルとの想い出

  直接にお会いし握手をしたのは、1963年7月、7/26の10周年記念日に招待された日本の政党(日本共産党の袴田里見、米原いたる、西沢舜一)、国会議員(自民党の宇都宮徳馬、臼井壮一、社会党の加藤勘十、島上善五郎)、朝日、毎日、読売(氏家斉一郎)の新聞記者、日本国際貿易促進協会の田中修二郎の諸氏に、当時在日キューバ大使館に勤務していた私が同行通訳として初めてキューバを訪問した時のことでした。

  まず革命広場での記念式典の前夜ICAPの広い庭で開催された歓迎レセプションでFidelが自ら入り口で世界各国からの招待客を握手で出迎えたときで、そのふくよかな大きな手の感触はいまでも記憶にあるほどです。

  記念式典ではJosé Martí像のある演台の下の特別席で4時間にもわたるFidelの演説を聴きましたが、ところどころ通訳をした記憶しかありません。

  その後、日本共産党の代表の方々とは別行動で、国会議員の方々に同行し、外務省でRaúl Roa外相、INRAでCarlos Rafael Rodríguezとの会見で通訳をしました。

  正確な日付は記憶にありませんが、いよいよFidelが日本の国会議員と会うとのことで、現在の革命博物館(旧大統領官邸)に出向いて、一室に通され待つこと4時間余、Fidelに急用が発生し、残念ながら今日はお会い出来ないのでお引き取りくださいと告げられ、一同がっくりしてホテルに戻り、食堂で夕食のテーブルを囲んでいると、袴田氏一行が意気揚々とテーブルに近づいて来て、たったいまFidelと会談をして来たと言われ、国会議員の方々はなんとも複雑な表情を浮かべていたのを思い出します。

  私はそのとき日本からの代表を接待するため一時帰国していたCarlos Martínez Salsamendi書記官に、少し大げさに国会議員の先生がかんかんだと伝え善処するよう要請しました。

  すると数日後、驚いたことにはFidel自身が護衛を一人伴い、Hotel Habana Libreの宇都宮議員の部屋を訪ねて来て、部屋の中ではFidelと4人の議員、通訳をした日本大使館の福島参事官、わたしも同じ部屋の中で、約1時間程も話し合いをしたことでした。帰り際にエレベーターホールで握手をしたFidelの手のぬくもりは忘れられません。

  最後の握手は増澤さんが書いている1995年12月12日の成田日航ホテルロビーでの初来日のときでした。

 

                     元駐日キューバ大使館通訳

                     日本キューバ友好協会副理事長

                               希代統

 

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